日本のカレー
ライスカレー1986年フジテレビ系で放映されたドラマについてはライスカレー (テレビドラマ)をご覧ください。
カレーライスの他、カレー粉、カレーソースを使った料理がある。
この他にもご当地カレーとして、函館五島軒に代表される洋食レストラン風のカレーや札幌スープカレー金沢カレー富良野市富良野オムカレーホワイトカレーが知られる。また、単独の料理ではないがスナック菓子にはカレー味の商品が各社から発売されている。
また蕎麦屋のメニューにも、カレー粉をだし汁で溶き、長ネギを入れ、片栗粉でとろみを付けたカレーがよく見られる。

カレーライスの原型となった料理は、明治時代の日本にイギリス料理として伝わった。そのため日本では長く「洋食」として扱われてきた。現在の日本のカレーは、この流れに基づいた欧風カレー、さらに1990年代以降急増した本格インド料理店のカレー、そしてこのふたつの流れをふまえて生まれたオリジナルカレーの3つに大別できる。

付け合せ

蜂蜜もしくは甘酢に漬けたラッキョウ福神漬が一般的である。その他にも白菜ピクルスレーズンナッツイカの塩辛などが添えられる。最初に福神漬けを添えることを考案したのは、日本郵船のヨーロッパ航路船でコックをつとめていた「タキサダ・サダイチ」とされている。


日本初のレトルト食品である
ボンカレーの発売当時の
ホーロー看板

カレーソース
カレーライスのうち、飯の上にかける汁をカレーソースと呼ぶ。野菜や肉などを煮込んだ鍋に、カレー粉小麦粉を油で炒めて少し焼き色をつけたもの(ルウ)を入れ、とろみが出るまで煮るというのがオーソドックスな作り方である。カレーソースにジャガイモを入れることを考案したのは札幌農学校の教師として来日していたウイリアム・スミス・クラークであり、米を補う目的だったといわれる。クラークとカレーライスについては後述。

現在の日本の家庭では、カレー粉・油脂・小麦粉・旨味成分などを固形化した「インスタント・カレールウ」を使ってカレーソースを作る調理法が主流である。

カレーソースを差して「カレールウ」「ルウ」と呼ぶ人もいるが、本来のルウ(小麦粉を油で炒めたもの)や固形のインスタント・カレールウと区別しにくいので、正確な表現とは言えない。

粉末のインスタント・カレールウは1926年ハウス食品が「ホームカレー粉」の商品名ではじめて発売した。固形製品は1954年エスビー食品がはじめて発売した。2004年度のカレールウの国内出荷額は約676億円で、各社のシェアはハウス食品約61%、エスビー食品約28%、江崎グリコ約10%と推計されており(日本経済新聞社)、ほぼ大手3社による寡占市場である。

レトルトパウチを3分ほど湯煎するだけでカレーソースの調理が完成するレトルトカレーも高い人気を得ている。2007年現在、レトルトカレーは多くのレトルト食品のなかでも最大の3割以上という売り上げ高を誇ってい

カレーライスのバリエーション

  • カツカレー - カレーライスの上にトンカツを乗せたもの。
  • ドライカレー
  • カレーピラフ
  • 混ぜカレー - ご飯とカレーソースを混ぜて客にだすもの。大阪市の自由軒など。
  • カレー丼 - 皿でなく、丼に入れたご飯の上にカレーソースをかけたもの。和風の出汁を加えることもある。
  • 合がけ - ご飯の上にカレーソースと牛丼の具、またはハヤシを半分ずつ掛けたもの。築地の大森や中榮の名物。牛丼の具と合わせたものは松屋すき家にもあるが、それぞれ「カレギュウ」「牛あいがけカレー」と称している。
  • 焼きカレー - 生卵を載せたカレーライスをオーブンで焼いたもの。北九州市門司港が発祥。福岡県のカリイ本舗の考案といわれる(特許登録第2691213号)。
  • 直火焼きカレー - 福井市
  • 石焼きカレー - 石焼きピビンパの様に、石鍋で焼いたご飯の上にカレーソースをかけたもの。
  • スープカレー - 札幌市発祥で、スープの様に水分が多く、飲むのに適したカレーソース。米飯と共に食べることも多い。

[編集] 変わった具入りのカレーライス

動物肉
魚介類
野菜
果物

歴史


1863年(文久3年)、江戸幕府の遣欧使節の三宅秀清が、船中でインド人が食事する様子を見て「飯の上へ唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような 物をかけ、これを手にて掻き回して手づかみで食す。至って汚き人物の物なり」と日誌に記している。これがおそらく、日本人とカレーのはじめての出会いであ る。

1872年(明治5年)、カレーライスのレシピを記した本「西洋料理指南」(敬学堂主人)、「西洋料理通」(仮名垣魯文)が出版される。

1876年(明治9年)、当時札幌農学校の教頭として来日していたウィリアム・スミス・クラークが、「生徒は米飯を食すべからず、但しらいすかれいはこの限りにあらず」という寮規則を定める。これがおそらく、日本で「ライスカレー」という言葉が使われた最初である。

1903年(明治36年)、大阪の「今村弥」(現ハチ食品)が初の国産カレー粉を発売。

1904年(明治37年)、東京早稲田の飲食店「三朝庵」がカレーうどんを初めてメニューに載せる。当時発売されたばかりの杉本商店の「カレー南蛮の素、軽便カレー粉」を使ったものである。

1906年(明治39年)、東京神田の「一貫堂」が初のインスタントカレールウ「カレーライスのタネ」を発売。

1926年(大正15年)、「浦上商店」(現ハウス食品)が「即席ホームカレー」を発売。翌年、商品名を「即席ハウスカレー」に変更。

1927年(昭和2年)、新宿中村屋、資生堂パーラーなどのレストランが値段の高い高級カレーを提供し始める。

1931年(昭和6年)、「C&Bカレー事件」が発生。当時、日本の洋食店コックたちの間でイギリスのクロス・アンド・ブラックウェル(C& B)社のカレー粉は大きな支持を得ていた。しかし値段が高いという難があり、安価な偽物が出回った。これは日英間の国際問題に発展し、業界の40数名が取 り調べを受け、その結果全員潔白とわかった。この事件ののち、安価な国産カレー粉の売り上げが増え、カレーライスが低価格化したという。

1941年(昭和16年)?1945(昭和20年)、戦争による食料統制のため、カレー粉の製造・販売が禁止された。ただし、軍用のカレー粉だけは細々と製造された。

1946年(昭和21年)、終戦によりカレー粉の製造・販売が再開された。ただし原料の調達はスムーズではなかった。

1949年(昭和24年)、浦上商店が「即席ハウスカレー」の製造を再開。

1954年(昭和29年)、カレー粉製造販売の大手、S&B社が即席カレー分野に進出。

1960年(昭和35年)、浦上商店が社名を「ハウス食品工業株式会社」に変更。「ハウス印度カレー」を発売。以後、インスタントカレールウの主流は固形タイプになる。

1969年(昭和44年)、大塚食品、初のレトルトカレー「ボンカレー」を発売。

1982年(昭和57年)、全国学校栄養士協議会が1月22日をカレーの日と決め、全国の小中学校で一斉にカレー給食を出す。以後この日が、カレーの日とされている。